カウンセリングレポート|22歳新卒会社員男性(後編)

カウンセリングレポート|22歳新卒会社員男性(後編)

やっている意味がわからない―新卒研修1週間で何が起きたのか、半年の就活から入社直後の地獄―(後編)


<はじめに>

この文章は実際の言葉から乖離(かいり)しない程度に、かつ、本人の特定ができないように編集されています。

同じような悩みを抱える人やこれから同じような環境になり得る方に、カウンセリング事例を紹介することで少しでも役立つレポートを発信することが目的です。

このカウンセリングは、社内カウンセラーとしての活動の記録です。
外部カウンセラーとして契約企業の従業員を定期的にカウンセリングするというものです。

相談内容は、仕事以外も含めてその人に関わるすべての相談が可能になっています。


前回までの内容については、こちらの記事をご覧ください。



―ここまで30分くらいですかね、話をしてきましたが気分は悪くなってないですか?

はい、もうそんなに時間たってますか。

気分は悪くないですけど、思い出すとイライラしてきますね。
そんなんじゃダメだと分かっているんですけど。


―えぇ、そうですね。私からするとそのイライラは正常ですよ。
だからイライラも楽しいも苦しいも感情が湧いてくることを否定なんてしなくていいんですよ。その感情を他の人にぶつけたり強要したりしてるわけではないんです。
自分の中に湧いてきた感情はその瞬間、本当の気持ちのはずです。
だから感情を抑え付けたりしないでくださいね。


でも、それをするのが社会人であって大人なんだと研修でやってきたんです。
感情を殺すことが大事だって。


―そんなことありません。
私の立場から言うと、湧いてくる感情を抑え付けることが正常な人間なんて間違っていると思います。どんな状況でもどんな人でもです。
感情を殺せと言われたんですか?


はい、言われました。「感情を出していいほどの人たちじゃないので」みたいなことを言われました。


―そうでしたか。感情を殺すという表現はよく聞く表現ですが、多くの場合感情を表に出すな、という表現で使われます。
ただその研修の流れでいくと、感情を湧かせるなと解釈できてしまいますね。


そういう風に受け取りました。現に僕らの言葉や感情については興味がなさそうですし。


―そうですよね、そういう風に考えられますよね。
最初の質問に近いんですが、研修を受けてみて総合的にどうでしたか?


一言でいうと、やっている意味がわからない5日間でした。

でも、この話をしたことで変わったことがあります。
感情を殺すという意味だったり、何に対して残念だと感じていたのか、言葉にしたことで分かりました。
なので少し気持ちはスッキリしています。


―少しでも嫌だったものが楽になれば良かったです。
この研修のプログラムは終わりましたけど、この後の新卒のスケジュールは決まっているんですか?


はい、とりあえず各事業の営業として配属されるみたいです。


―そうですか、無理がないように頑張ってください。
何かおかしいとか違和感があるようだったら、先輩や上司にも相談してみてください。
ちなみにこの面談がしたいということであれば、先輩や上司に相談すればこちらに依頼がくるので、そちらでも大丈夫ですよ。


ありがとうございます。


―最後に何か相談したいこととか、話しておきたいことはありますか?

うーん…あるんですけど…また今度にしたいと思います。ありがとうございました。


ここまででカウンセリングが終了しました。

その1週間後、彼が会社を退職したと耳にしました。

しかし深く理由を詮索することも、同じ新卒に話を聞くこともしませんでした。

思い返せば、最後に何か話しておきたいことはありますか?と質問した時にはすでに心に決めていたのだろうと直観的に理解しました。

彼の心はすでに入社後の研修5日間で決まっていたのでしょう。

<カウンセリング全体を通して>

新卒社員の心理状況は極めて不安定な状態であることが多いです。

新しい環境とつながり、得なければいけない知識、経験、そして不安感、期待感、劣等感、悲壮感、さまざまな感情の変化が引き起こされる要素だらけです。

企業としては自力で乗り越えることを望まれるかもしれませんが、
さまざまな感情を整理して企業の戦力となるように育てることは、その人の人生の一部を引き受けた企業の責務だと私は考えます。


そのための教育や研修のはずです。

仕事だからということを盾にしたら、心も体も我慢するように強要しても良いのか。

その人の個性を無視しても良いのか。

その人の人間性に干渉していいのか。


そんなこと絶対にありません。


1人1人が違う人間で、1人1人が感情も性格も能力も違うのは当然です。

昨今日本では“ダイバーシティ化”“多様化される社会”と言われます。

男女平等、ジェンダー、いろいろなことを推進しようとしており、それ自体は素晴らしいチャレンジであると思います。

でも、このカウンセリングの彼のように苦しんで、歩みを止めてしまう新卒社員は彼以外にもたくさんいます。


新しい取り入れも大事ですが、現時点でどれほどの企業の人事・現場担当者が、新しい仲間1人1人の人生、将来、個性を思い教育に取り組んでいるでしょうか。

私は、まだまだそういった意識は希薄だと考えています。


人ひとりの心を壊しても何も感じない社会にはなってほしくないと切に願います。

この記事のライター

神奈川県生まれ。心理カウンセラー・キャリアコンサルトの有資格者。うつ病 / パニック障害 / 適応障害 / 依存症 / などの精神疾患から仕事や日常的な悩みなどを幅広くカウンセリング活動を行う。社会問題から心理学関連、カウンセラー活動記録、研修・教育、など人や仕事に関わるジャンルでライティングを行う。趣味は、アニメ鑑賞、競馬、散歩。採用コンサルタント、就業ケアマネージャーとしても活動。

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